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ドロファキスワイナリーの歴史

~第一歩~

1930年

祖父ディミトリス・ドロファキスは、昔から使われていた伝統ある施設でプロのワイン醸造を確立しました。

~祖父から父へ~

1960年

ディミトリスの息子、ジョージ・ドロファキスが家族経営のワイナリーを引き継ぎます。

~ブドウ畑をダフネス村へ~

1980年

1977年頃、クレタ島で初めてフィロキセラが発見され、クレタ島のブドウ畑の大部分が壊滅しました。1980年にダフネス村で再び植樹し始め、約10年かけて元のブドウ畑の規模にまで成長しました。

~跡継ぎ~

1993年

3代目であるニコス・ドロファキスが、イタリア・ピエモンテ州アルバのアルバ醸造学校(Istituto Tecnico Agrario di Stato “Umberto I” – Viticoltura ed Enologia, Alba)で醸造学を修了した後、ワイナリーを引継ぎます。

~ブドウ畑の改良~

1994年

ニコスは父が始めた私有のブドウ畑の改良を進めていきます。リアティコなどのクレタ島の固有品種から単一品種のブドウ畑を栽培していく中で、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネなどの国際品種の栽培も始めました。剪定や収穫日の変更など、一部の伝統ある栽培方法を改良し、現代的な栽培方法を導入します。

~ワイナリーの近代化~

1996年

ニコスは最新の機械を使用した近代的な生産戦略を採用します。ワイナリーはステンレス製タンク、ポンプ、クラッシャーなどの設備を備え、生産能力を向上させます。

~初めての瓶詰め~

1997年

2種類のワインが750mlボトルに初めて瓶詰めされます。1つはリアティコ(ダフネスPDO)で造られた辛口の赤ワイン。もう1つはソーヴィニヨン・ブランで造られた辛口の白ワインです。

~ヴィディアーノの誕生~

2000年

ニコスがヴィディアーノに興味を持ちます。彼は絶滅寸前のクレタ島固有品種であるブドウの木を探し出し、新しいブドウ畑に植えます。ここから彼のワインメーカーとしての歴史が始まり、最初はブドウ栽培、後に醸造へと至ります。この品種はワイナリーにとって画期的なものであり、ワインメーカーとしての挑戦であると同時に、インスピレーションと創造性の源ともなります。

~ブドウの有機栽培~

2001年

有機機関に認定された有機農業方法が私有のブドウ畑に導入され、その有機機関によって監督されます。5年後の2006年には当ワイナリーの5種類のワインが有機生産物として認定されます。

~施設の拡張~

2006年

ワイナリーに2棟目の施設が建ちます。そこでワイン熟成のための樽貯蔵室が造られます。

~国際的な存在感~

2010年

ワイナリーは大手飲料会社からの協力により、ワイン業界の中で国際的な地位を確立します。

~世界中への輸出~

2012年

ドロファキスワインはヨーロッパおよびアメリカ、オーストラリア、日本などの国々に進出します。

~国際的な賞~

2013年

2013年に「Aspros Lagos -アスプロス・ラゴス-」の赤ワイン(2010年ビンテージ)がテッサロニキ国際ワインコンペティションで「ダブルゴールド」メダルを受賞します。また、次の数年間には、日本のサクラアワードの受賞や、イギリスのワイン雑誌『Decanter』、アメリカのワイン雑誌『Wine Enthusiast』などの掲載が続きます。そしてドロファキスワインの受賞歴は現在も続いています。

~発展~

現在

ワイナリーは創造的なアイデアを実現し、最新の設備を用いて発展を続けています。新しい植栽とブドウ畑の改良は現在も続いており、ワインの品質はそこから決まります。第4世代が家族の伝統を引き継ぐことが期待されています。